和子 評伝(八)   評論をまじえた伝記
 

 

 
     
 

八、活躍の陰の苦闘

 
     
   第二四回春季展に、『芽と根』を発表した昭和四四(一九六九)年は、潮展が初  
  開催された年でした。洋画・日本画・彫刻・工芸・染色を総合した女流作家展で、  
  以降一五年間ひな祭りの時期に三岸節子氏や片岡球子氏等、同じメンバーで開催さ  
  れました。三越宣伝部が主催するこの画期的な展覧会に、『秋興』『春望』『月  
  中』を出品した和子は、同年第五四回院展に、『霧の中』(現在、佐久美術館所  
  蔵)を発表しました。また第一回生々会、第三回春椙会、第五回飛鳥会と悠々会、  
  第一〇回金蘭会と丹曜会、第一八回五都会に、それぞれ『白菊』『牡丹』『静物』  
  『玉椿と金蘭手』『鉄線花』『赤絵壷と桔梗』『牡丹と織部』を出品。四五年の第  
  二五回春季展には『カルラケーブの太陽と花』を、第二回潮展には『梅四題ABCD  
  (四点連作)』と『一二ヶ月』を出品しました。  
   その秋の第五五回院展に発表した『榕樹』は、かつてインド旅行で取材して以来  
  心にあたためてきたカジュマルを描いた力作でした。熱国の記憶と、独自の画境を  
  切り拓こうと邁進してきた情熱が昇華されて、この絵に結実しました。幹の間から  
  は木の匂いや熱気が漂ってくるような豊かな作風であり、ダイナミックな量感と、  
  日本画の伝統的色彩美が融和する完成度の高い作品として、文部大臣賞が授与され  
  ました。  
     
 


              第55回院展「榕 樹(ガジュマル)」

 
     
   順風満帆の出航からほぼ二十年後、新日本画運動の洗礼を受けて航海の荒海に挑  
  んできた和子の作品は、情緒的な美に傾きやすい日本画のなかで、異才を放ってい  
  ました。しかしどんなに評価や共感を得ても、自身にはつねに迷いが付きまとい、  
  画面は苦闘や昏迷の心そのものの表現でもあったのです。  
  この年、生々会、飛鳥会、悠々会、金蘭会、丹曜会、五都会に、『静物』『一枝』  
  『早春』『柿と籠』『爽』、『桔梗』を出品。翌年四六年の春季展には『春望』を  
  発表。潮展に『麗日』『静物』『春陽』『しゅん爛―四季』を出品し、五六回院展  
  には『秋陽』を発表しました。他、生々会など多数の画会に、『紅梅と染付水差』  
  『陽光』『志野茶碗のある静物』『水仙』『ミルトンヤ』『好日』『胡蝶蘭と狛  
  犬』を発表しました。  
  翌四七年の二七回春季展には『巣を出た小鳩』を発表。潮展に『鳩五題A雛・B  
  春・C鳩と残雪・D小春日和・E水浴』、第五七回院展には『苑』を発表します。ま  
  た支羽会などの画会にも、『親子』『黄金牡丹』『小春日和』『紅梅と黒茶碗』、  
  『瓶花』『紅白牡丹』『かごの中の静物』など精力的に出展しました。  
     
 


               第57回院展「苑」

 
     
   この年は父千靱の郷里富山県で「再興院展五七回」が開催されました。今日の日  
  本画の動向を県民に広く紹介しようという趣旨のもとに、五八年以降は三年に一  
  度、東京展の出品作品のなかから選抜した代表作に加え、県内から出品されて入選  
  した作品が、県民会館美術館で展示されることになりました。  
     
     
 

美術エッセースト小笠原洋子

 
 

第八回評伝(2008年 8月16日発行)

 
     
     
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